洋服を創ろうと思ったのは、やはりファッションを愛していた父や母に、影響を受けているのだと思います。十代の早い頃からファッションが、特に古着に興味があった事もデザインを始めるきっかけでした。幼少時代から僕は、年上のお兄さんやお姉さんに引っ付いて遊んでばかりいました。そんな中には、音楽をやっている人、デザインを手がけている人、様々な人たちが居て、そんな環境からの影響も大きかったんだと思いますね。ある日、普段から可愛がって下さっていたお兄ちゃん的な人に、古着屋さんに連れていってもらえる事になったんですね。そこで初めて、白いベルボトムのパンツを買ってもらったんです。父も服が好きな人で、普段から色の綺麗なペイズリーシャツや、格好いいデニムを穿いていたのですが、そんな父にそのパンツを褒められ、嬉しかったというよりは、ドキドキしましたね。
――モデルとして服に携わる以前から、ベース作りは出来上がっていたようだ。
僕は常々、モノを作るにあたって、その時々の自分の感情や在り方、日々の生活で感じた事を象っていきたいと考えています。例えば鳥や虫にしても、理由があってその形状や色をしているでしょう。赤信号で立ち止まって、ふと足元を見るとアスファルトの隙間から綺麗なタンポポが咲いているのを見つけて、その力強さにアイディアをもらったり、人との出会いだとか、普段の何気ないシチュエーションの中にも、自分のフィルターに引っかかったものを表現したいと考えています。日々の生活を“旅”と捉え、着やすさを重視した服作りを心がけています。
――そのような考えが、どこかエスニックというか、肩の力が抜けた作風に現れた。
そうかも知れませんね。しかし環境はどんどん変わっている。今後どのように変化するのかは、まだ自分でもわかりませんが、進化はしていきたいですね。それが色使いに現れるのか、形に現れるのかはわかりませんが、そんな変化も楽しみたいと考えています。
――「HAGAN」の中ではジレというアイテムがキーになっているようだが、それは氏にとってどのような位置付けなのだろうか。


ジレは昔から好きなアイテムで、自分にとっての“鎧(ヨロイ)”の様なものでしたね。急いで出掛けなくちゃならない時でも、ラフな格好をしている時でも、ジレを羽織れば気持ちが締まる。さぁ、頑張ろうって気になるんです。最初、このブランドを始めた時は、ジレだけの展開でも良いかなぁと考えていたんです。ジレの魅力を広く知って欲しい。僕が旅に出る時、必ず持っていくマルチポケットのジレがあるんです。それがあれば鞄なんて、いらない。今では仕事で書類等を持ち歩く事が多いので、なかなかそうもいかないんですけどね。
――ジレだけのコレクションとなると、なかなかユニークな世界観である。そんな氏が尊敬するデザイナーと言えば誰なのだろうか。
マルタン・マルジェラや「UNDER COVER」の高橋盾さん、「NUMBER (N)INE」の宮下さん、例を挙げれば…まだまだ素晴らしい世界中の才能を挙げられますね。みな個性的で、他の誰とも比べられない。そんな才能が表現する、素晴らしい世界観には、大きく影響を受けましたね。ショーやショップ、環境作り、様々な手法に共通しているのは、それぞれブランド独自の世界、理想の服を提案しているという事です。
――では逆にマスなファッション、「H&M」や「UNIQLO」といったファストファッションブランドが席巻する現在の東京を、氏はどのように考えているのだろう。
結局はトレンドの一つだし、この盛り上がりがずっと続く訳はない。ニッチとマス、海外なら当たり前に両立しているので、少ししたら日本に合ったバランスが作られてキープされるのではないでしょうか。僕が作る服とはテイストが違いますが、自分達が作りたいものを作ってビジネスとして立派に成功している。「コムデ(ギャルソン)」とのコラボも面白いと思いましたし、尊敬する点はあります。
――最後にインターネットについての意見を聞いてみた。
僕もインターネットは使うし、いずれはネットならではの特性を活かして何かしてみたいと考えています。国内外と情報をシェア出来るのは本当にスゴイですよね。しかしその反面、それに依存した生活は危険な気もします。たまに考えちゃうんですよね。こんな便利なものでも、電源さえ抜いちゃえば何の役にも立たなくなるんだって。